午前二時、残念ながら踏切に望遠鏡を担いではいきません。

真夜中の交差点には、今日も彼女がいた。

「…その恰好、寒くないの」

僕がそう聞いたところで、彼女からの返答はない。いつものことだ。

別に彼女の服装が気になるわけではない。

半袖にジーパンの彼女にかける言葉が、いつも見つからないだけだ。

真冬の午前二時に道端にいるなんて、場所が踏切で望遠鏡なんかを持っていたらいっそのこと横で一曲歌ってやるのに、残念なやつだ。

 

僕がこんな状態の彼女を見かけたのは、つい二週間前のことだが、実のところ出会いは一年前に遡る。

と言っても、なにも面白いことはない。ただ、二年への進級のタイミングで行われたクラス替えの結果たまたま同じクラスになり、そして姓名の順と言う運命なのかなんなのかによってたまたま席が隣になっただけの話である。

彼女は、俗にいう、人気者だ。

休憩時間は彼女の周りに人が集まり、彼女もにこやかに返している。気が強いわけでもなく、でも弱いわけでもない。周りに対してのかわし方がうまいのだ。

こういう人は、好かれる。同級生からも大人からも、後輩からも。きっと犬や猫にだって好かれるんだろう。

そんなことはどうでもいい。

問題なのは、そんな彼女をつい二週間前に見かけてしまったことだ。

 

その日僕は姉の我儘、いや命令のため、コンビニへアイスを買いに出ていた。

言っておくが僕は普通だ。普通に友人もいて、自由時間になる度に人が集まるわけでもなく、一日誰も話しかけてこないというほど愛そうが悪いわけでもない。まあ誰も話しかけてこないというのは、彼女が隣の席な時点で成立しないのだが。

つまりは、良い意味でも悪い意味でも目立ちしていない。それが良いとも悪いとも思っていない。ただ、普通の男子高校生をしている。

そして、そのあとも簡単な話で、たまたま通りかかった交差点でたまたま彼女を見かけた。そいうえば彼女は高校進学と同時に学校の近くへ家族総出で引っ越したという。進学と引っ越しの複雑な関係などは(実は複雑でもないのかもしれないが、それも含めて)知りたくはない。必要以上に首をつっこむのは、あれだ、ナンセンスだ。そんな男はモテないさ。…と、どこかの誰かが言っていたことにしよう。

 

その時も彼女は半袖にジーパンでここに立っていた。最初は見間違いかと思ったが、彼女ほどの綺麗な顔立ちの人はここいらでは見かけない。

 

僕は観念して、隣に座った。いつものように。

彼女は、まっすぐに立ったまま、一心不乱に上を見上げている。その目に迷いはない。いつも通りだ。

首が疲れないものか。そんな心配をまったく感じさせないほど、昼間に会う彼女は、いつもと変わりがなく、笑顔を振りまいている。

だからこそ、今となりにいる彼女の様子が、際立って見える。

息をしているのかと疑いたくなるほど、彼女は動かない。動かされない。何ものにも。

ただただ、見つめ続ける。上を。月を。

 

「......ふぅ」

まったく、何がそんなに魅力的なものなのかねえ。隣で同じように上を見上げてみる。

月がある。月。満月でも三日月でもなく、僕から見れば中途半端だなあという感想がつけられる月。

同じような角度で、僕だけ缶のコーンスープを飲む。いや、まじで寒いんだって。あったかいものでも体の中に入れていないとやってられないくらい、冷え込んでいる。

今は、一月の真夜中だ。道端には雪が積もっている。夕方を過ぎてしまえば、コートなしでは家の外に出たいとすら思わない。

そんな中、見かけたのは半袖で微動だにしない彼女なわけ。生きてる死んでるよりも先に人外的な存在か?と疑ってしまった。それくらい、彼女は、…何と言えばいいのか、触れられなかった。触れたら、壊れてしまうと思った。

 

 

そういえば。

小学生低学年だったときの同級生で、月に行くことが夢だと言った女の子がいた。とても大人しく、引っ込み思案だった性格もあってかなかなか友達と呼べる存在は作れなかったようだが、その発言もその要因の一つだった。

何かがある度に、月に行きたい、私は月に行くんだと言っていた。普段話しかけてもおどおどして、あの…えっと…しか言えないくせに、そこだけははっきり言うんだもんな、みんなも手を焼いていたよ。

よく覚えている。隣の席だったから。

たしか、いつだか担任が聞いたんだよな、その子に。なんでそんなに月に行きたいのか。そいつがなんて答えたかは忘れたけど。

そういえば、夜に会うこいつ、ずいぶんと力強い目をしてんだよな。なんだか懐かしい。

聞き逃してしまった理由を聞ける日はいつになるだろうか。

長期戦になりそうな出会いになんだかむず痒くなり、それを僕はぬるくなったコーンスープでぐいっと流し込んだ。